アマガミ考察2 絢辻詞の献身
アマガミ考察1 橘純一は疫病神なのか?の続きです。
前置き
長ったらしい上にどうでもいいので興味のある方以外は「続きを読む」で飛ばていただきたい。
考察1で書いたように不幸になるヒロインがいるものの、絢辻さんは違うと思っていた。
彼女が仮面を外し、真の性格でエンディングを迎えるスキBESTこそが最良だと思っていた。
クリスマスまで仮面をつけて過ごすナカヨシルートの彼女は不幸だと思っていた。
が、下記の考察を読んでその印象は崩れた。
『( 凸)< ブブーン、ドドドーゥ !!|アマガミ:プレイ雑記その2/絢辻詞』
『不死鳥の夜明け「絢辻さん 僕の前では我慢なんかしなくていいから」』
正直いまだに飲み込めていない部分もあるが、説得力のある内容である。
後々の事も考えるなら人間として成長できているナカヨシルートの方が良かっただろう。
だが、私はこれを読んでいるうちにある考えを持つようになった。
クリスマスという1日限定で観れば彼女が最も幸せなのはスキルートである、と。
以下、その根拠を列挙する。
・黒沢典子の存在
「クリスマスには平等に幸せを」彼女が語るクリスマスへの特別な思いである。
サンタクロースが存在しないのならば、自分がサンタのような存在になりたいと。
が、ナカヨシルートの絢辻さんには黒沢典子という対立者がいる。
そして彼女は自身の手で、黒沢典子を不幸なクリスマスに叩き落してしまう。
クリスマス直前にして、皆への平等な幸せという理想をぶち壊すはめになってしまうのだ。
象徴的な事に、絢辻さんが上記引用したセリフを吐露するのはスキルート黒沢に恋人ができた直後である。誰も不幸にならなかった世界、がスキルートのクリスマスパーティーなのだ。
・釘と議員
考察1で私は二人が手を取り合って同じ目標に向かうのがスキルートと書いた。
他のヒロインについてはクリスマスを恋人(橘)と過ごすのが目標であるという前提で論を進めたし、絢辻さんにおいてもそれは同じだ。が、彼女はクリスマスに対しもう一つの目標を持っている。そう、「誰もが幸せなクリスマス」である。
二人で同じ目標に向かう以上、橘もこの理想に向かって何かをしている描写がなければならない。
それがクリスマス当日に発見される釘だ。
絢辻さんが作ったステージにある飛び出した釘。わざわざ工具を借りてきてまでそれを直す橘。
絢辻さんがプロデュースした“素敵なクリスマスパーティー”の粗を橘がフォローするという重要な場面である。
ナカヨシルートでも橘が創設祭に向けて色々と彼女を手伝う描写はある。
だが、それはあくまでもサポートであり、“二人”が主体となっているわけではない。
議員との話し合いに橘が連れて行かれるイベントがあるが、彼はお守り程度の役割しか与えられず何もしていないのだ(スキルートでの市職員との話し合いには連れて行ってすらもらえなかった、という点については私の中でも答えが出ていない)。
釘を打つだけでサポート以上というのに疑問を感じる方もいるかもしれないが、絢辻さんがクリスマス委員でなくなっている以上あれで十分と言えよう。
・根本的に違うスタンス
そもそも、約束の取り付け方からして2つのルートはまったく違う。
スキルートは“恋人とのデート”として橘が誘いをかける。
だが、ナカヨシではしょぼくれる橘に対して絢辻さんが「私がいい思いをさせてあげる」と言うのだ。
つまりデートではあるものの、パーティーのホストという立場から橘にも「平等に幸せを」与えようとしているのである。
・誰のためのサンタ
サンタ服で子供にプレゼントを配る絢辻さん。
ナカヨシルートでの印象的なイベントだ。
彼女は願いどおりサンタクロースとなり、皆にプレゼントを配るのだ。
このイベントの後で絢辻さんは橘に自分の手作りケーキをプレゼントする。
そう、子供に配ったのと同じ“菓子”である。
あくまでのナカヨシルートの橘は(クリスマス時点では)彼女が幸福にしたいと願い人々の一人でしかない。ナカヨシ絢辻さんは橘だけの恋人ではなく皆のためのサンタクロースなのだ。
・縁登場
まぁ、せっかくのクリスマスなんだから嫌いな人とは会いたくないよね。
以上が私が考察したスキルートとナカヨシルートの違いである。
長い目で見れば彼女にとってより良い生き方だったのはナカヨシエンドの方だったのだろう。
だが、スキ絢辻さんは橘と過ごすクリスマスという目標を選んでしまい、そしてそれは達成された。
クリスマスという1日に限って言えば、彼女はナカヨシルートよりも幸せな状態なのだ。
自身の成長、という重要な目標さえ投げ打ってクリスマスに注力した絢辻さん。
メインヒロインを飾るのにふさわしい献身性と言えるのではないだろうか。
考察楽しく読ませていただきました。
縁の事については引用された考察での前提の間違いついてからわかるかと思います。それは他人と距離を取ることが世界や自分と向かい合う点において悪いことだという認識についてです。
距離を取るというのも世界とのかかわり方なんですよね。これは薫とのポーカーとの場面で絢辻さんが現状を自分で望んでいること、そしてそのことで気持ちが楽になっている描写があることから導き出せると思います。
だからこそスキベストでは家族(縁)
とも距離を取ることができただと思います。スキグッドで家族から離れて同棲するのも距離をとれている証拠かと。
あともうひとつの間違いがスキベストの未来がナカヨシより不幸になっているっていう前提ですよ!ナカヨシで十年後に気づいた答えに気付き三枝さんの言う通り主人公に心から寄り添われ黒沢の幸せを願う事ができた絢辻さんですからね。これで幸不幸については語れないと思います。
先入観2点についてはとても面白いご指摘でした。
しかしながら遊んだのが6年も前であるためアマガミに対する記憶がかなり薄れており、実りのある返事ができないのが現状です。
せっかくコメントいただいたのにすいません。
稀に見る傑作。
A
おもしろい。
B
まあまあ。
C
標準ランク。人によってはB。
D
微妙。
E
読むのが苦痛なレベル。
F
つまらないを越えた何か。
×
エックスではなくバツ。よほどアレでない限り使わない。